173.花咲爺 

【作詞:石原和三郎 作曲:田村虎蔵 

             1901(明治34)幼年唱歌初編 下巻】

日本の民話の一つで、犬の「ここ掘れワンワン」で始まり、優しく正直な老夫婦は生涯幸せに、隣人の欲深な夫婦は悪行と意地悪がたたって不幸になるという、勧善懲悪の童話版いうところである。この話を歌にしたのが「花咲爺」である。余談だが、改めて曲名は「はなさかじじい・・・」で「じいさん」ではない、結果同じゴロなら連れ合いは「ばばあ」となる。

こういった話は日本昔話に限らず、外国の童話や民話にも多い。話は簡単で、正しい行い(善行)は悪を誅するとの教えである。何度も書いているが、世の中は善悪・明暗・清濁混交だから“面白い”とも云える。第一この民話にしろ、意地悪爺がいなければ、最初から話が無いのだから。

中国故事の「みずいたって清ければ即ち魚なし、人至って察なれば(人が明察過ぎると)徒なし(付いてくる者はいない)」である。

心配ない、自分も含めわたくしの廻りにはだけだけの奴はいないし、当然ながら彼らはでもない。まあ見方を変えれば適当で半端なのだ。また良い見方をすれば「中庸」との云いまわしも出来る。

  何のことはない、今の自分とこれからのわたくしを考えるに、花咲爺

   さんのような好々爺こうこうやが、いいなということになる。(M)

 

172.シューベルトの子守歌

【訳詞:内藤あろう 1909(明治42) 作曲:シューベルト 1816年】

優しい曲だ、曲も詞も、当たり前だが子守歌は母と子である。父と子のイメージは湧かないが、昨今は「イクメン」とかで子育ての父親が普通に、子守歌の範疇も変わって来ているようだ。何とも云いようがない。

大作曲家モーツアルト、ブラームスの子守歌もとてもいい。

シューベルはクラシックの作曲家で、交響曲「未完成」「ザ・グレート」などの大曲を作曲しているが、表題曲のような小曲も多い。「セレナーデ」「菩提樹」「野ばら」など、それはそれは美しい曲だ。

わたくしは、本当はクラシックファンだと書いたが、好んで聴くそのジャンルの幅は広くない。交響曲は別として楽曲としてはやはりピアノ曲が多いようだ。

またここ10年、自分で気付いたのは、限られた好きな曲の第二楽章だけを聴く傾向が強いということ。これでは幅は広がらないのだが、いい例が「第二楽章ダイジェスト」なんて勝手に名付けて、気に入りの二楽章だけを選んで聴いている。

作曲家も、ジャンルもオケであったり室内楽であったり、無論ピアノソロであったり統一性がないのだ。ただクラシックの第二楽章は緩徐楽章の場合が普通で、緩やかなテンポと流れるような美しい曲が多いのである。

取りあえず8曲を順不同で揚げてみる。その第二楽章で馴染みでない楽章かも知れないが、わたくしは正直何度聞いても飽きない、素晴らしいの一言である。

  ベートーベン「ピアノ協奏曲 第3番」

 「ピアノ協奏曲 第5(皇帝)」 「交響曲 第2番」

・ショパン「ピアノ協奏曲 第1番」「ピアノ協奏曲 第2番」

  モーツアルト「ピアノ協奏曲 第20番」

「ピアノ協奏曲 第21番」「バイオリンソナタK.378

楽典的に未熟だとか完成度が低いだの云う識者もいるようだが、いつも言うように理屈ではなく、美しいものは美しいし、いいと思うものはいいのである。現に今これらの8曲を聴きながらこの文章を書いている、全く脈絡はない選曲だが、好みからすると心安らぐ選曲だと思っている。無理する必要は全くないが機会があったら聴いてみるのも悪くないと思う。

シューベルトの曲が入っていない?それは第二楽章で好みの曲がないからである。ただ第二楽章にこだわらなければ、好きなのは幾つもある。

立ち返って「眠れ眠れ 母の胸に」をYouTubeで聴いてみることにする、多分惚れ直すに違いない。・・・聴いてみた、やはり素晴らしい、母はいつの世も優しい、と歌声に絶句だ。(M)

 

171.野菊

【訳詞:石森延男 作曲:下総しもおさ皖一かんいち 1942(昭和17)文部省唱歌】

この曲が文部省唱歌として発表された時期は前年に太平洋戦争が勃発し、軍部が台頭していた頃だ。ある軍部の担当者が「野菊」を聞いて、作詞者の石森延男(文部省教科書監修官)に「軟弱すぎる。もっと勇壮な歌にしろ!」と詰め寄ったとのこと。これに対して石森は「勇壮さは日本精神です。日本精神のアラミタマ(荒御魂)です。けれど、ニギミタマ(和御魂)もまた日本伝統の精神です。万葉集のニギミタマの心こそ、この『野菊』です」と弁明したという。軍部に対し、このような説明が出来ると言うことはそれだけ自分の作品に情熱を持っていたと言うことだろう。

この荒御魂と和御魂とは神道における概念で神の霊魂が持つ二つの側面とのこと。

人間もこの二面性をもっている。

私も若い頃は荒御魂の比重が多く、随分と人を傷つけるような発言もした。しかし年を重ねるとだんだん和御魂の比率が多くなり、喜んでいただける事も多くなってきたように感じる。

長寿大国の日本では、今や100才以上の方が5万人以上もいる。そのくらいの大老になると、皆さんとても良い表情をしている。

私は毎朝、鏡で自分の顔を見る度に、「今日も優しく居よう」と思うが、つい腹をたて、辛い言葉を投げかけてしまう自分がとても嫌だ。とは言え、なるべく若くいたいという気持ちもある。なかなかこの二面性の問題は難しいものだ。(N) 

S君が2006年11月八重山で撮影した「アオタテハモドキ」
S君が2006年11月八重山で撮影した「アオタテハモドキ」

 

170.ちょうちょ

【作詞:野村秋足あきたり 1947年(昭和22年)18世紀初頭のドイツの童謡】】

この曲は調べてみると複雑な経緯をたどっている。複数の歌集をみると「スペイン民謡」としているものもある。詳細は省くが、比較的最近の研究で古いドイツの童謡ということが分かったらしい。

日本語の歌詞は、一番のみ一般的に知られているが、どうやら四番まであるらしい。しかも各番の作詞者や年代が違う。二番は雀を、三番はトンボを、四番は燕を題材にしている。

しかし、この曲に関しては一番だけ知っていれば、こと足りるので、今回の紹介は一番のみとした。

この曲からは、亡き私の親友であり音楽仲間のS君が、思い出される。彼は高校以来の親友であり、私と同じフォークソング・バンドの仲間だった。彼の趣味は蝶々のコレクションだ。幼い頃からのずっと続けていて、季節ごとに各地を訪れ、捕虫網を片手に野山を駆け巡っていた。彼の家には桐箱に収められた多くの標本が綺麗に並んでいた。

亡くなる前数年は蝶の写真撮影に凝り、バンドのホームページにはデジタル処理された明細な写真も紹介されていた。

自然の中で、いかに美しい蝶の姿を撮るか、ほんの僅かなシャッターチャンスなのだろう。

そんなS君も2013年に帰らぬ人となった。奥様から聞いた話では埋葬の時に美しい蝶が飛来したという。きっと今でも天国で蝶を追いかけているに違いない。

いまになっても綺麗な蝶を目にする度にS君を思い出す。(N)

169.人形 

【訳詞作曲者不詳 尋常小学校唱歌 1911(明治44)

女の子が「私の人形」を誉めている詩だ。明治末期のことなので、良く分からないが「目はぱっちりと」とあるので外国の人形だろう。当時は、まだ「西洋人形」とは言わず「舶来人形」と言ったらしい。

どうでも良いことが気になるのはいつものことだが、「フランス人形」とは言うが、「イギリス人形」とか「スペイン人形」とは言わない。なにかフランスだけ特徴があるのだろうか。テレビ番組の「何でも鑑定団」で時々人形の高価なのが紹介されるが、私には無縁であるし興味もない。

さて曲の話だが、子供が覚えやすい俗称「ヨナ抜き」(五音長音階 4番目のファと七番目シをつかわない音階)の曲である。童謡に多いものの、探してみると歌謡曲にも随分使われている。「昴」「上を向いて歩こう」「木綿のハンカチーフ」「北国の春」「リンゴ追分」などもそうだ。みな大ヒットした曲だ。それだけ、この五音階は日本人の肌にあうのだろう。

五音階といえば、特殊な文化を持っていた沖縄には独特の五音階がある。第二音と第六音(ハ長調でレとラ)を抜くだけで「リュ〜キュ〜!」という雰囲気になるから面白い。正式な呼び名は知らないが音楽仲間の間では「レラ抜き」と言っている。「ハイサイおじさん」「島唄」などもこの五音階である。

沖縄には音楽以外でも独特な言語がある。私にはまったく通じないが素敵な響を持つ琉球ことばである。

さらに独特の料理文化がある。

思い出しただけでも「島ラッキョー」「ミミガー」「豆腐よう」など、ツマミながら泡盛をチビチビやるには最適だ。仕上げは「ソーキそば」かな。しかし、都内で呑んでも、さっぱり旨くないオリオンビールだが、現地で呑むと何故あんなに旨いのだろう。

また飲み喰いの話になってしまった。(呑兵衛N